
名古屋駅から歩いて約10分。名古屋で最も歴史ある商店街のひとつ「円頓寺商店街」には、明治創業の老舗から話題の新店まで、バラエティ豊かなお店がずらりと並び、今もなお多くの人々に親しまれています。アーケードの下に広がるレトロな雰囲気はどこか懐かしく、商店街の中ほどから脇道に入ると、細い路地に個性あふれるお店が立ち並び、歩いているだけでもわくわくさせられます。
また、すぐ近くには江戸時代の面影を今に残す町並み保存地区「四間道(しけみち)」があり、土蔵や町家、屋根神様といった歴史的建築が軒を連ね、その風情ある景観は、県内外はもちろん海外から訪れる観光客にも人気を集めています。


始まりは、地域内外の人たちが集結し
結成した地域主体のまちづくり団体。
そんな円頓寺商店街も、かつては「シャッター通り」と呼ばれるほど閑散としていた時期がありました。しかし、約15年にわたる地道な取り組みによって少しずつ活気を取り戻していきました。その再生おいて大きな役割を果たしたのが、建築家の市原正人さんと円頓寺で生まれ育った藤田まやさんです。現在おふたりは、「株式会社ナゴノダナバンク」の代表として、空き家対策や古民家リノベーションをはじめ、イベントの企画運営、まちづくりプレーヤーの育成など、魅力ある“まち”を目指した幅広い取り組みを行い、「おおさか商店街オープン」の企画・運営、アドバイザーとしても活躍されています。
この活動の原点となったのは、2007年に発足した地域主体のまちづくり団体「那古野下町衆(なごやしたまちしゅう)」です。後継者不足などの課題により商売をやめる店が増え、人通りも減っていた円頓寺商店街やその周辺。そうした状況に危機感を抱いた地域内外の人たちが集結し、イベントの企画運営や空き店舗対策などに乗り出しました。

空き店舗のデータベースづくりは失敗。
逆転の思考で、まちが少しずつ動き出す。
市原さんは、那古野下町衆の空き家・空き店舗対策チームとして活動を始めましたが、最初からすべてが順調に進んだわけではありませんでした。まず取りかかったのは、空き店舗の情報を集めて店舗誘致につなげるためのデータベースづくりでした。しかし、これはうまくいきませんでした。歴史がある商店街であるがゆえに、建物の所有者と使っている人、住んでいる人が異なっていたり、権利関係がとても複雑だったり、一軒ずつそれぞれの状況や事情がバラバラで、貸してもいいと話を聞いてくれる所有者はいませんでした。

その後、よりスピーディーに空き店舗の再生を進めるため、那古野下町衆とは少し離れた立ち位置で「ナゴノダナバンク」を立ち上げました。これを機に、はじめにデータベース用の空き店舗情報を集める方法から、まちの雰囲気に合う魅力的な出店者を先に探し、収支計画や改修費を試算し、適正な家賃を設定したうえで所有者に具体的な条件を提案するスタイルへと大きく方針を転換。それまで門前払いだった大家さんとの交渉にも、徐々に光が差し込み始めたのです。
さらに2010年、市原さんが自ら出店者として元宝石店だった木造2階建ての空き店舗を購入し、ギャラリーショップ「galerie P+EN(ギャルリーペン)」を開業したことも大きな転機になりました。同時に、隣の元鞄屋だった空き店舗には、市原さんが知人に声をかけてスペイン食堂「BAR DUFI(バル ドゥフィ)」がオープン。ナゴノダナバンクが手がけた2店舗が並んで開業したことで数多くのメディアでも取り上げられ、円頓寺商店街は注目を集めるようになりました。

まちの日常の姿を丁寧に残し、本来の魅力を守り続ける。
地域の再生と持続可能なにぎわいを実現するために。
その後もナゴノダナバンクは、年に2~3軒のペースで空き家や空き店舗の再生に取り組み、約15年のあいだに、円頓寺商店街を中心とした那古野エリアで約40軒のお店を誘致しました。
2013年には、江戸時代の米蔵を改修した日本酒バー「圓谷(まるたに)」が、2015年に1階がカフェ、2階をゲストハウスに改修した「喫茶、食堂、民宿。なごのや」(2018年3月まで店名は「喫茶、食堂、民宿。西アサヒ」)がオープン。2016年には、元家具店で昭和50年代頃からは和食店として使われていた建物を改修した「那古野ハモニカ荘」が完成し、2階に入居する「カブキカフェナゴヤ座」は名古屋の新名所として大きな話題を呼んでいます。さらに2018年には築約50年の元レコード店を改修し、ボルダリングジム「ボルダリングハウスKNOT(ノット)」とゲストハウス「なごのや別館」を併設した「那古野ハウス」が誕生。2022年には、アーバンワイナリー「commone(コモン)」が新たにオープンしました。
どのプロジェクトも、時代の流れや地域の特性を見据えながら、まちに合った出店者を一軒一軒、丁寧にマッチングする。そうした積み重ねが、那古野エリアの再生と、持続的なにぎわいを生み出しています。

ナゴノダナバンクは2018年に法人化を果たし、四間道の古民家長屋を改修する「まちなみ保存プロジェクト」や、愛知県を飛び出して大阪や陸前高田へと、その活動の幅を広げています。大切にしているのは、その建物が歩んできた歴史や「わびさび」、そこに流れてきた時間を想い描くこと。元店舗だった場所には新たな出店者を、住宅だった場所には新しい住み手をマッチングする。建物のタイルや瓦といった建材、意匠や個性をできる限り継承しながら、「当たり前だった風景」を壊し過ぎない。まちの日常の姿を丁寧に残し、本来の魅力を損なわないこと―――そこにこそ、まちが進化を続けるための手がかりがあるのかもしれません。

